移住のお手伝い

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オモンパカルについて

ていねいな暮らしがしたい

これまでうすうすと、そしてだんだん大きくなっていた

言葉にならない違和感が

あるところまで達したとき、そう思いました

仕事の車の中で、かき込むようにコンビニ弁当を食べてるときに

ニュースでやりきれない事件を目にしたときに

会いたいひとに、ぜんぜん会えてないなと思ったときに

次々と宣伝される新商品を、横目で見たときに

手にしている飲み物の裏に書かれた、食品表示を見たときに

実はその違和感は、そばにあったんだなと、今になって思います

なんというか、全然、自分でコントロールできていない

とても大事なものを、垂れ流しながら、取りこぼしながら

生きているんじゃないかという気がしました

そしてそれが、「あたりまえ」という認識になっていること

「しょうがないよ」という言葉で片ずけられているとき

そして、この日本で、何気無く、でも日々がんばって生きているはずの日常が

実は見えないどこかの誰かを

 

苦しめていることを知りました

地球を傷つけていることを知りました

未来の子供たちから、奪っていることを、知りました

日々こまねずみのように働いて

自分をすり減らして、​大事な時間を先延ばしにして

 

互いに傷つけあって

そしてそれがまた見えない誰かを傷つける行為になっているだなんて

いったい僕は、何をやっているんだろうと、思いました

これが変だと言われない世の中に、違和感をおぼえました。

やらなくてもいいことをやっているんじゃないのか

仕事ってなんだろう

いろいろ、考えました

じゃあ自分は、どういう世の中だったらいいなと、思っているのだろう。

 

どういう毎日を、送りたいのだろう。

どういう時間を、過ごしたいのだろう。

どういう気持ちに、なりたいのだろう

どういう人生を、生きたいと思っているのだろう

一度立ち止まり、目を凝らし、耳をすませ

考えました。

ひとことで言うと、丁寧に生きたい

そして何故それが今、できてないのだろう

どうすればそう、生きれるのだろうか?

そう考えたときに、けっこういろんなものを変えないとだめだな、と思いました

かなり本気で、考えました

オモンパカルは、僕が "暮らしをシフト" するために必要なものを

​何か、と考え、1実行することを綴ったものんでsj

いつも、追い立てられているような気がする。

 

その場をなんとかやり過ごすかのように。

正体のわからないプレッシャーに、

正体が分からないのに、とりあえず戦わなければいけないかのように。

これまで、ほんとうになにも意識していなかった

あたりまえのこと

その中に居て、

気持ちいいのかなと

これがベストなのかなと

ほんとうに、当たり前なのかなと

追い立てられるように、その場をしのぐように生きるのではなく。

見えないどこかのだれかを、苦しめることなく。

​未来の可能性を、削ることなく。

 

毎度のごはんを、味わいながら食べ

毎日

自分のケツは自分で持ち、

誰かのせいにすることなく

"暮らしをシフト" するにはどうしたらいいんだろう?

​何を変え、何を捨て、何をはじめればいいんだろう?

それは、考えれば考えるほど、

いろいろなことが繫がっているように思えました。

朝目覚めたら、

手作り、は 自分が喜びます。

オモンパカルは、会社や事業といった大それたものではありません。

ただ、いち個人が思うこと、やりたいこと、やったことなどを、

​綴っていくだけのものです。

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