ヒストリーとビジョン

ここでは、私たち家族が、何を思い、​暮らしのシフトをはじめたのか、これから何をしたいのかを、ご紹介できればと思います。

長くなりますが、順を追って書き記したいと思います。

堀家について

いわゆる普通の暮らしをしていた私たちですが、漠然とした未来への不安や、世の中への疑問をきっかけとして、”暮らし方”について、それはそれは真剣に考えるようになりました。

仕事のこと。お金のこと。食べるもののこと。費やす時間のこと。こどものこと。将来のこと。

考えれば考えるほど、すべての要素は繋がっていて、これは根本から 暮らしを組み立て直さないと、変われないなと思うようになりました。

そして私たちは、「ひとつひとつの時間を大事にする、ていねいな暮らし」「地球や未来に負荷をかけない暮らし」を求めて、2015年に、田舎に移り住みました。

そこから徐々にですが、自分たちが思う ”人や地球に優しいほうの選択” に、出来る事から変えていこうと、チャレンジしているところです。

​いっぺんには変われません。まだまだ、「ほんとうはこれ、使いたくないのにな」「ほんとうはこれ、たべたくないのにな」と思っても、してしまうことがたくさんです。

ほんとうはこうしたいのに。。を、まだまだ、実行できずにいることがたくさんです。

こんなふうに、”暮らしのシフト”の入り口に差し掛かったばかりですが、時間をかけ、しっかり本質からシフトできるように、知恵やノウハウを磨いていきたいと思っています。

田舎暮らしは、身体も頭もとっても使う。

でも、心は穏やかで、確かな”蓄積”があって、未来が安心な暮らし。

​そこへ向かう上でのハードルを、ひとつひとつ、紐解いていきたい。

多くの人が抱いているように、田舎暮らしにおける様々な懸念やネガティブな印象は、

確かに間違ってはいません。消費者として、都市で生きることに慣れてしまっている現代人にとっては、紛れも無く様々なハードルが存在します。

​それは、暮らしの様々なことに手をかける、肉体的なめんどくささだったり、お金や仕事や買い物のことや、人間関係のことなど、生きる上での仕組みの違いだったり。

私たちも、本当にそこからのスタートでした。ですので、私たちの辿る道が、そのまま様々な ハードルに対する、”答えの一例” になるんじゃないかと思っています。

オモンパカルでは、その ”答えの一例” のバリエーションを増やしていきたい。それは失敗も成功も含めて、後々の参考になるものを沢山つくればつくるほど、”ハードルの越え方”が、よりイメージしやすくなり、田舎暮らしに入りやすくなるんじゃないかと。

ハードル、と書くと、なんだかとても大変で辛そうに見えますが、ハードルとして懸念される半分以上のことは、”気のせい” なんじゃないかと私たちは思います。

むしろ今の常識になってる生活の仕方のほうが、心身ともに大変で、田舎暮らしにシフトすることは、その過程も、どんどん鎖がほどかれてラクになっていくような、そんな感覚を私たちは感じています。

確かに肉体的にしんどいコトはあるし、時間的にも、今までなかったコトに時間を割かなくてはいけないこともあります。でも、心のストレスは確実に減ったり、手をかけたことへの技術やノウハウが自分の中に蓄積されたり、大変なコトの裏にはそれ以上に良いコトもたくさんあります。要はトータルでどうかということです。一部分だけに目を向けず、暮らしが変わることによって変わるコト、トータルで見ていくと、どっちがいいか分かりやすいのかなと思います。

そして、仕事や、教育や、保証といった、いわゆる ”将来やっていけるのか?” という問いも、田舎暮らしに対する大きな懸念のひとつだと思います。

この問いについても、本当に ”将来安心” を考えるなら、”お金に困らない仕事の保証がある” という状態よりも 直接的に ”食べるものと住むところには困らない保証がある” という状態のほうが、安心なんじゃないかな。と、私たちは思います。

​田舎暮らしは、そこを求める選択でもあります。

​そこも身を以て実証できたらなと思っています。

出来るだけ遠くのコトに思いを馳せる。その上での様々な”選択”。

現代は様々なことが、とても複雑で多様化している世の中。

無数の情報が行き交い、無数の選択肢の中から、私たちは日々 ”選択” をしてを生きています。

が、本当に私たちは、自分で考えて、 選択出来ているのでしょうか?

私たち自身、多くのモノゴトに対して、”常識” や ”あたりまえ” の名のもと、ほとんど考えることなく、色んなことを選択してしまっていたような(選んでいるという自覚すらない)気がします。

そして、その部分に視線を向けてみて、はじめて、知りました。

自分たちが日々何気なく、何の悪気もなく生きているだけで、実はどこか遠くの国の人を苦しめる原因になってたり、未来の子供達の資源を削り取ってしまっているという、事実に。

​さらには、自分たちで自分たちの首をしめてしまっている、事実に。

知らず知らず、加担してしまってたんですね。世の中の色んな問題の原因に。

それが今の世の中の仕組みの怖いとこです。

​なんだかそれは、いやだな。。と思いました。胸を、はれない。

そうならない為に。

そうならない為の選択を取るための、きちんとした ”モノサシ” を、持ちたいと思いました。

そのモノサシは、自分の今居る場所を基準にして、できるだけ遠くの場所・人のこと、できるだけ遠くの未来のこと、に思いを馳せると、おのずと見えてくるような気がしました。

遠くで起こった出来事は、巡り巡って、必ず自分のもとに返ってきます。自分たちの未来も、確実に今とつながっています。

これを作ることは、これを買うことは、これを使うことは、これを捨てることは…

遠い国の人や、少し先の未来にとって、何か負担をかけてないかな?

もしかけてるとしたら、どうすれば負担をかけなくできるかな?

​それを考えるだけで、自分が取るべき選択も、ずいぶん違ってくるような気がします。

”なにかをすること” ではなく ”なにかをしないこと” でも関われる貢献もあるのかなと思います。

​これから、オモンパカルとしてデザインしていく様々なモノゴトに対して、このモノサシを、きちんと当てがっていきたいと思います。

若いうちから始める、”田舎にベースをつくる” メリット。​

私たちが田舎暮らしをはじめたキッカケや、田舎暮らしを勧める理由は、何も上記のように、社会貢献のためだけではありません。むしろその理由は後付けです(笑)。

​自分たちの未来にとって、確実にメリットがあると思ったし、それは数年田舎で過ごしてみて、確信に変わりつつあります。

実感として分かることは、

1、家のこと(土地にかかる費用が抑えられるのと、※自由な家が建てられる)

2、食べ物のこと(もらったり、作れたり、食費が抑えられる。安全な食べ物を得られる)

3、上がる人間力のこと(手仕事が増える。その経験は、自分の知識となり技術となる)

4、助けてくれる人のこと(昔からの、”助けあい” の文化が、都市よりも色濃く残る)

(※1の自由な家というのは、田舎は「都市計画区域外」というケースが多々あるということから。そこでは通常家を建てるときに必要な「確認申請」がいりません。専門家に頼まず、自分で好きな家をつくることが、都市よりも実行しやすいのです。)

1、2、3番は、正直移住前から期待していたものでした。

何といっても大きいと思ったのは、住んでから分かった、4番です。

この人間関係が構築されてくると、何ともいえない安心感が湧き上がってきます。

上記のようなことが、私たちが思いつくメリットなのですが、これらは一朝一夕では得られません。土地も畑も人間関係も、ゆっくりと時間をかけ、育てていくものです。そして、手をかけた時間の分だけ、裏切ることのない実りをもたらしてくれます。

そういった理由により、出来るだけ早く、”暮らしを包む場” なるものを、育て始めたほうが良いのではと思うのです。

時間も体力もある若いうちから始めると、人生の半ばに差し掛かったころには、安心の土台に十分なり得る、住処や畑や人との繋がりが出来上がっていると思います。そしてそこには、”負債” というものは手元にありません。また、こと育てた土地や畑は、そのまま自分の子供たちに受け継ぐことが出来ます。

都市生活では、”お金” や ”お金を稼ぐノウハウ” は、蓄積できるかもしれません。でも、何かの世の中の流れで、それは一瞬にして価値が無くなってしまう危険があると思います。大きな災害などでもですね。

対して田舎暮らしでは、上記のような直接 ”生きること” に直結したものを、蓄積することができます。

どっちが安心のための準備かなと、考えます。

そして何より、田舎には、私たちを受け入れるだけの ”受け皿” があります。

​そして、若い人たちの力や存在を、必要としてくれている、人たちがいます。

人それぞれ、体力や境遇などとのバランスもあるでしょう。

別のナリワイと、並行でもかまわないと思います。

若いうちから、自分の手で育てる場所を見つけ、自分のペースで、すこしずつでも育て続けることが、もっと世の中のスタンダードになれば良いのにと、考えたりします。

田舎暮らしは、世界を救う。

前述してきたように、

田舎には、土地があり、土と水があり、生み出すための知恵を持った人たちがいます。

田舎では、消費者ではなく、生産者になることができます。

大げさにしなくてもいい。家族や身近なひとの分だけ作ればいい。

それだけで、自分たちや地球にやさしい、生き方ができます。

田舎には、困っている人がいます。

特別な力がなくても、その人たちを助けることができます。

代わりに、自分にないものを与えてもらえます。

自分の持つエネルギーを、自分や周りの人のため、正しく使うことができます。

エネルギーの、きれいな循環をつくることができます。

そしてそれは、昔からの知恵や伝統を、受け継ぎ守ることにもつながります。

​持ちつ持たれつの関係を築くことができ、お金を使うことが少し少なくなります。

余分なものを、必死で確保する必要が無くなり、あるものを分け合うことが、自然とできるようになります。

”足るを知る” ことができるようになります。

それにより、限られた地球の資源を、無駄にしなくてすむようになります。

これまで奪い合っていた、争いが、少なくなるかもしれません。

自然と繋がった暮らしの中、自然の循環の輪の中に戻ることで、本来の安心感を取り戻すことができます。自然の循環の中では、資源が無限だから。

自然と乖離した現代社会の中で、日々生まれているストレスから、解放されるかもしれません。世の中に蔓延している心の病も、減るかもしれません。

ただただ、田舎に暮らしてみるだけで、あるときふと、思いました。

田舎暮らしは、世界を救うんじゃないか、と。

同年代の人が、もっと田舎暮らしを選択できるような、そのお手伝いがしたい。

長くなりましたが、前述してきた思いのもと、私たちは、日々をできるだけ楽しみながら(悩むことももちろんあります)、時には試行錯誤しながら、ゆっくりと暮らしのシフトを行っています。

そうする中で、これは、僕たちだけではもったいない。もっともっと、田舎にベースを作り出す人が増えればいいのに。と思うようになりました。

そして、そう思うなら、何かお手伝いができるように、尽力してみればいいんじゃないかと、思うようになりました。

あくまで、私たちのこれまでのノウハウ、身の回りの情報、身近な人たちとの繋がりの範囲内でですが、何か提供できるものがあるのであれば、ぜひしたいと思うようになりました。

​具体的には、移住先(土地や、空き家や、仕事など)を紹介したり、私たちが経験したノウハウ(土地探しやセルフビルドなど)をお伝えしたり、身に付けたい技術を持った職人さんを紹介したり、ライフデザインを一緒に考えたり、暮らしの場のデザインを一緒に考えたり。。

差し当たって、私たちが住む地域のことなら、今すぐにでも紹介できます。現に私たちの村でも、空き家があり、「誰か住んでくれんかな〜」という状況です。

そのほか、一年を通しての村での出来事や、住んでいるからこそ分かるリアルなことを、お伝えすることができます。(ちなみに私たちが暮らしているところは、大分県由布市庄内町というところです)

こんな風に、まずは私たちを ”点” として、その周囲のことを伝えることができる。

そして、わたしたちのつながりの中には、とても素敵な移住の先輩方が、たくさんいらっしゃいます。私たちがまだつながってない、素敵な方々も、たくさんいらっしゃいます。私たちもこれから、どんどんつながっていき、色んなことを教えてもらいたいと思っています。

その先輩方をまた ”点” として、その周囲のことを。

そうやってあくまで知り合いづての範囲ですが、だからこそ、信頼感を伴うマッチングが出来るような気がしています。(移住話が進展するかのカギは、ほんとに信頼関係なので)

みんなで協力すれば、色んな可能性、ベストフィットな場所がきっと見つかると思います。

これから徐々に、”移住のお手伝い”のページに、参考になるような情報も載せていきたいなと思っています。

移住する人にとっても、受け入れる側にとっても、そして世の中にとっても、三方良しな田舎暮らしが少しでも増えるよう、自分たちの暮らしづくりと並行して、そんなことが出来たらなと考えております。

どんなことでもかまいません。何かしら興味のある方がいらっしゃいましたら、ご連絡ください。

話をしましょう。つながりましょう。

長くなりましたが、以上、オモンパカルのヒストリーとビジョンでした。

読んで頂き、ありがとうございます。