自然農のスタートとねじねじ

2020/01/05

6時半みんな起床。

 

昨日5日まで、帰省と、ちょっと旅行をし、帰ってきました。

今日から、みんな今年のスタートです。

 

朝ごはんを食べて、8時半、こどもたちを保育園へ送ってく。

帰ってきて掃除洗濯。

 

 

さて、今年始動の一発目は、今年から本格的に行おうと思っている、田んぼ・畑づくりです。

 

いきさつとしては…

 

 

僕らは今、住んでるとこ・作ってる家のとこ含め、今は北九州に住まれている安部としゆきさんという方から、土地を借りて暮らしています。

今僕らが住んでるとこの周りには、宅地の他に、としゆきさんの持ち物の田んぼが、8反5畝ほどあります。

その田は全て、僕らがこの地に来る以前から、同じ村の方が小作として米を作られていました。

 

それが、いろいろ事情があって、今年からその方との小作契約を解除されて、僕と、いつもお世話になってる元小挾間区長の安部もとおさん、そして現小挾間区長の安部たかしさんの3人で(※この小挾間には安部性が多いのです)、田んぼの面倒を見てくれないか、ということになったのです。

 

 

で、いきなり僕が全部は無理なのはもとおさんもたかしさんも知って下さってますし、僕が少しずつは田んぼや畑をやっていきたいというのも知って下さってますので、2人が「堀さん、何枚かやってみたらええわ」と言って下さったのです。

なので、どれくらいの田畑を自分でつくりたいか・必要か考えて、家の周りに近い田んぼを、4枚ほど作らせてもらいたいと、伝えていました。

 

これまでの3年間は、もとおさんの田んぼを数枚借りて、そこを管理して、お米をもらってるというスタイルでしたので、いよいよ自分の田畑を、自分の思うようなやり方でやっていく、チャンスを得たのです。

 

(ほんとはこのタイミングが訪れたときに、家づくりが終わってるのがベストだったんだけど、ちょっと時期がかぶってしまいました。)

 

 

ただ、自分の思うようなやり方で出来る、と言っても、少し配慮を要することが、色々とがあります。

なぜなら、僕がやってみたいと思ってるお米・野菜の作り方が、「自然農」と呼ばれるものだからです。

 

 

世の中には、色んな農法があると思います。

慣行農法、有機農法、自然農法…

 

僕はまだ、知識も経験も少ないですけど、色々と見聞きする中で、

一番、自分の腑に落ちたのが、自然農だったんです。

 

それぞれの農法には、色んな特徴があると思います。

それはただ単に、肥料は何を使うのか・農薬は使うか否か・機械は使うのか、というような、「作物の作り方」だけではなくて、

その背景には、考え方とか環境への影響だとか、色んな他との関連性を含んでいると思います。

その背景を深い深いとこまで紐解いていくと、それぞれが持ってる「思想」に行き着くと思います。

 

 

その、「思想」込みで、自分が一番納得できるものが、自然農だったんです。

”こんな風に生きたい” とう自分の思想になぞらえると、合致するのが、自然農だった。

 

(思えば、今作ってる家づくりも、その思想になぞらえた結果、”石場立て・伝統構法の家” に行き着いたのでした。それと同じように。)

 

(ちなみに自然農の中でも、色々あるのかもしれませんが、僕は川口由一さんという方の本を読み、考え方・実践されてることに触れてきました。)

 

 

じゃあ、自然農の思想とは何なのかというと、まだ僕の口からでは十分に表現できないですが、端的に言い表すと「自ずから然らしむる」ということ。

 

人が過度に手をかけなくても、この宇宙・自然界の中では、自ずから、バランスが取れるように、様々な力が働き合い補い合い、成り立っていくもの。

誰がこの仕組みをつくったかは知らないけど、事実として、そう出来てる。

すべてのものが繋がり合ってるその中では、無駄なものは何一つ無く、足りないものも、何一つ無い。

言い換えれば、その状況さえ崩さなければ、何かが足りなくなる不安は無いわけで。

 

作物しかり、人間しかり、その一部なわけで。

大事なのは、その自分たちを包んでるもののことを、よく観察し、意識の中に捉え、自分含めすべてがその一部だということを感覚として認識すること。

そういう、すべてが繋がり合い補い合い、自ずから足りている世界に身を置いている感覚を実感できれば、何がそれに沿う行為なのか、何がそれを損なう行為なのか、が感じれるはず。

その繋がりの中に居ること・壊さないことが、作物にとっても・自分にとっても、本来一番の安心に繋がる利なわけで。その繋がりを損ねることが、作物にとっても・自分にとっても、一番の害なわけで。。

 

 

思想としては、そのような感じだと、僕は思ってます。

 

そういったように、自然農の考え方は、単に農法や農業だけを指すのではなくて、すべての分野に通ずる、生き方の根本姿勢のようなものだと思ってます。

 

(ちなみに、僕が以前出会ったパーマカルチャーも、農法から人の暮らし方までを包括的に捉える、考え方だと思います。パーマカルチャーも、出会ってからずっと、僕の中で様々なことを選択する指針になってます。その後自然農の考え方にも出会い、さらに芯が感じられてきた気がしてます。。)

 

 

その思想を指針に、様々な取捨選択をした結果、表面上に農法として現れてくるわけですけど、

自然農の特徴としては、「何も持ち出さない・持ち込まない」=「無肥料・無農薬」ということがひとつ。

そして一番大きな特徴として、「不耕起」であることだと思います。

そしてそれらは、大きな機械が無くても、どこかで用意された資材が無くても、その場にあるもので、小さな道具と人の手さえあれば、「手作業」で出来るということ。

 

「不耕起」については、もうたぶん、昔話で出てくるようなむかーしむかしそのまたむかしから行われていたであろう、おじいさんは畑を耕しに出かけましたのあの、「耕す」という行為を、自然農ではしません。その歴史をも遡って、問い直しているのです。

 

 

耕さないことで、土の中・土の上で行われる、数多の生命が織りなす数多の繋がり合った生命の営みを、壊さないという考え方。

その中で、稲や野菜もまた、数多の生命と繋がりあって、必然的に育っていくという考え方。

人が、作物が育つ ”舞台” を作ってやらなくても、肥料を与えなくても、人が病気や虫を抑制しコントロールしなくても、すべては「自ずから然らしむる」。

 

 

そういう考え方の自然農に、僕は共感しました。

 

 

といっても、自然農というとよく誤解されるであろう、「ほったらかしの草ぼうぼうの手抜き農法」とは、僕は違うと思ってます。

 

人が効率や能率や、手間や考えることの軽減や、短期的な収量を求め、

機械や化学物質を用いて、均単一的に行う耕起や施肥や除草・防虫をしない代わりに、

毎度毎度違う、畑や田んぼの生命の営みに目を凝らし、寄り添い付き合い、必要に応じた手を貸してやる、というスタンス。

それは、畑というものに・田んぼというものに・作物というものに・生命というものに・自然というものに・きちんと正面から向き合わないと、出来ないとことだと思います。

 

それは間違っても、”ほったらかし” や、”手抜き” といった言葉とは結びつかない。と僕は思います。

 

むしろ、現代の農法のほうが、考えることや目を凝らすことを ”放棄” した結果のように思えます。

 

 

その違いなのかな、と思います。

 

 

とはいえ、収量も、もしかしたら耕し肥料を与えた時より、短期的にみれば少ないかもしれません。

労力的にも、田畑の状況に目を見張り、ほとんどのことを手作業でする自然農は、従来の農法より大変でしょう。時間もかかるでしょう。

 

それでも、自分の人生、家族の安心、人間の生き方、自然界のこと、地球の未来のこと… それらを包括的・全体的・長期的な目で見ると、この選択がしたいと、僕は思いました。

 

 

 

前置きが長くなりましたが、そういったわけで、自然農の田畑をやってみたい僕です。

でもやっぱり、自然農の田畑は、普通の田畑に比べ、かなり見た目ややり方が違います。考え方が、そもそも全く違うので。

なので、そのことで、ご近所の方々との軋轢を生まないようには、相当配慮が必要だと思っています。

とりあえず、僕のほうがマイノリティーだということは、常に意識しとかないといけないと思います。

 

実際、僕が「こういう方法でこういう田畑をつくりたい」と、もとおさんやたかしさんに伝えても、ほとんど理解はされません。

「あんたそれは無理で」「なんも分かっとらん」と。

それでも、「まあやってみたらええわ」と言ってくれるだけで十分です。

 

 

だから、今年はほんと勝負なんです。

 

出来れば僕は、暮らす場所のすぐそばで、自分たちの食べ物を自分たちの納得する作り方で作りたい。

今回のチャンスが巡ってきたというのは、そういう意味でです。

少し離れたとこなら、他にも荒れて放置されてる元田畑はあります。

でもやっぱり、暮らしのすぐ側で作物が育つのを見たい。農作業してる姿を、子供たちに見せたい。

 

 

それと、なかなか自由にとはいかない理由がもう一つ。今回やらせてもらおうと思ってる田んぼが、作付け面積によって補助金が降りる、国の中山間地域事業というのに含まれているからです。中山間事業は村全体で申請・管理しています。なので、その補助金は、村の財源にもなっているわけです。

だから、村にある田畑は、個人の所有物ではあるんだけど、実際には個人だけのものではない、という暗黙の認識のようなものを感じます。

だからより、周囲の納得も必要になってくるわけです。

 


というわけで、周囲の方々が心配されているのは、農法の違いから来る、雑草や虫や害獣や景観のことで、他に迷惑がかからないのかということが一つ。

もちろん、僕自身の心配もして下さってます。

それと、変に田んぼを荒らされて、元の田に戻しにくくなるのを危惧されています。村の財源になっている、村の大事な田でもあるので。

 

 

そういう意味では、これまで田として使われていたとこじゃなくて、すでに放棄されて中山間事業にも含まれていない荒れ田を使えば、いくらでも自由にさせてくれそうですけどね。

むしろ、これまでの農法でやりやすくなってる既存の田は、そのまま村の方にまかせて、僕は荒れ田を再生させたほうが、全体的には有意義なことなんじゃ…、とも思います。(本来自然農の理屈からいうと、慣行農が行われていた田んぼより、放棄地のほうが状態は良い、というとらえかたにもなるみたいだし)

…ほんとの理想は、出来るだけ多くの田畑が、自然農になることですけどね。

 

 

でも、そういう放棄地は、ちょっと家からは離れたとこにあります。それでも徒歩圏内ですけど。

でも僕は、前述のように、できれば暮らしのすぐそばで農作業を行いたい。

今回は僕のわがままによるところも大きいです。

 

 

とにかく、村の人が言うところの農業未経験者の僕ですので、みなさん不安がいっぱいなわけなのです。もちろん僕も、やってみないとどうなるか分かりません。

でも、上記のような村の方々がされている心配を、頑張れば、払拭できるんじゃないかというイメージもちゃんとあります。

 

頑張って、手をかければ、景観やみなさんが心配されている他の田畑への迷惑は、かからないような状態にできると思っています。

ただ、とても時間を要することだとも、覚悟しています。

それでも、このタイミングで、頑張ってみたいと思っています。

 

 

 

さて、そんなこんなで、兎にも角にもやってみないことには分かりません。

とりあえずは、今の時点では周囲の方の了承も得られたし、チャレンジを始めてみます!

 

 

 

その初日になる今日なのですが、まずやったことは、「ねじねじ」!!!

 

 

いきなり、ねじねじって、なんじゃそら!?

と思われるかもしれませんが、実は昨年の10月に出会ったねじねじ。

 

最近、一部の人の間では、話題のねじねじ。

(どれくらいの範囲の人かはわからないけど…)

 

ねじねじとは、三浦伸章さんという方が考案された、一種のおまじないというか、地球の磁場を操作する「装置」のようなものだと僕は認識してます。

 

たまたま昨年の10月に、友人のかっとんさんが臼杵の自宅にて、その三浦さんを招いてそのねじねじの講習会を開いてくれたので、それに参加してきたのです。

 

 

そのときの様子。

午前中は、 座学でした。

まず、ねじねじとはなんぞや?に至る前に、いろいろと、土のお話しとか、地球とか月とか太陽の関係とか、磁場の話とか、日本の神社の話とか、この地球の原理原則の話とか、をしてくれました。

 

三浦さんは、自然農の実践者としても、30年くらいやってきている人らしくて(ガッテン農法、というタイトルで、本も出されています。)土のこととかもすごく詳しかった。

そういう話を経て、じゃあねじねじって何?ってとこに至ったので、ただおまじないじゃなくて、ちゃんと理屈にも頷けるような感覚でした。

 

 

午後は、かっとんさんの畑で実践講義が行われました。

 

 

実際にねじねじを作りながら、やり方を教えてくれる、三浦さん。

 

 

ねじねじで使うのは、稲わらとススキ。基本それだけ。

 

 

名前の通り、わらをねじってススキに絡ませたものを数本つくり、それを土に埋める。それだけなんです。

 

 

 

 

 

以上講習会のときの様子。

 

ねじねじについては、詳しくは検索してみてください。

色んな方が、詳しくレポートしてくれています。

 

 

僕はまだ深く理解出来てないですが、

とにかく、この装置を土に埋めるだけで、以下のような効果が得られるというのです。

 

・ 土の粒子が1000分の1になって振動して雑草がスルスル抜ける
・ 太陽と月のエネルギーを天から降ろし、地球のコアからエネルギーを引っ張る
・ 埋めたポイントがゼロポイントフィールと、ゼロ磁場の中心となる
・ 土や水の情報がゼロとなる
・ 一瞬でイヤシロチを作ることができる
・ 自然農で何年もかかる土作りが瞬時に
・ 雑草が雑草でなくなり、獣害も減る
・ 作物の収量も増え品質も高まる
・ 汚染された土壌や水源が浄化される

 

 

そんなすごいことが本当に起こるの!?という感じですが、

僕も講習のときの体験を通して、実感できることもあったし、まだよく分からないということもあります。

 

 

まーでも、本当にこういうことが起こるのならすごいことだし、稲わらとススキがあれば出来ることなんだから、やってみよう!ということなのです。

 

 

 

使うのは稲わらとススキ。

 

 

今日1日、先日三和土の施工のときにご紹介した、古賀さん夫妻が手伝いに来てくれました。

 

実は、古賀さんたちは自然農の田畑の実践者の先輩で、身近なところで古賀さんたちと出会い、いろいろと話を聞けて、いろんなことを教えてくれて、影響を受けたのも、このタイミングで自然農の田畑づくりに踏み切った原因のひとつでもあります!

しかも、実作業の手ほどきもしてくれると言って、こうして来てくれたのです。ほんとにありがとうございます。。

 

 

古賀さんたちも、ねじねじの存在を知っていて、やってみたい!ということだったので、3人でやってみました。

 

 

稲わらとススキを使い、必要なねじねじを作っていく。

これは、最後に埋め込む、丸いしめ縄のような簡易版ねじねじ。 

 

 

田畑の一角に、北の方角に向けて、十字に穴を掘り、

 

 

竹墨を砕いて撒き、お酒とお水を少しまく。(あれ?お米もだったかな?)

 

 

真ん中に小石を置く。これが磁場を受ける基盤となるらしい。

 

 

稲わらとススキで作ったねじねじを、掘った穴に十字に置く。

 

 

最後縦方法にも同じものを真ん中に刺し、最初作った丸いしめ縄のようなものを乗せれば、完成。

あとは土を埋め戻す。 

 

 

さて、これでこの土地も、なんだかいい状態になったかな!?

(捉え方としては、まだこんな感じのざっくりとしたものです)

 

 

それじゃ、本番の自然農の田畑作りの開始です!

 

 

ちょっと写真が暗いですが…

 

時期にリミットがあるのもあり、とりあえず畑よりも田んぼ作りから始めてみました。

 

 

自然農の田んぼでは、なんと畑のように畝をつくります。

この掘った溝に、水を入れ、常時は稲の根元には水が浸ってない感じになるそうなのです。

畝幅や溝幅を、古賀さんに教えてもらい、やっていきました。

 

 

結構大変な作業です。

でも、自然農の畝立ては、最初の一回こっきりらしいのです。

以降は基本耕したりしないので、最初に作った畝を、ずっと使っていく感じ。崩れたりイノシシに荒らされたときなど、補修とかはするそうですが。

 

だから、この大変なのは、最初だけなのです。

最初が肝心。最初がんばって丁寧に作れば、ずっとそれは続いていきます。

ずっと使っていく気持ちで、丁寧に作っていきます。

 

 

…心なしか、ねじねじのおかげで、スコップが入りやすい感じもする。。

 

 

畝にするところは、草を刈って、一度刈った草をよけておきます。

また後で草を戻すのですが。

 

 

そのような作業から、スタートしていきました。

家作りのほうも進めたいとの焦りもありますが、とりあえず一区切りのとこまで、この作業をやっていきたいと思います。

 

 

ともあれ、大変そうだけど、とても楽しみな、スタートです。

今日実際やってみて、少しこの先の作業のイメージが掴めました。

古賀さんほんとに、道をつけてくれて、ありがとうございました。。

 

 

 

今日は17時まで。

 

保育園お迎え、少し買い物して帰る。

 

今日の夜ご飯はポトフ。

ご飯を食べて、お風呂に入って、21時半みんな就寝。

 

その後ブログをちょっと。

年賀状、返信しなきゃ。。

 

 

 

 

 

 

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