ブログ「あしあと」

草刈りDAYと考察

6時半みんな起床。

朝ごはんは、納豆ごはん・大根の味噌汁・たまごやき

今日も子供たちは保育園。

4月から始まったろくちゃんの慣らし保育も、順調に伸びてきて、今日は3時まで。

嫁さんが子供たちを送り、そのまま用事で外出。

僕は掃除・洗濯をして、今日は春になりだいぶ伸びた草を、一度刈っておこうと思います。家周りの草刈りDAYです。

お昼をはさみ、17時まで作業。

ところで、草刈りをしながら、いつも思うことがあります。

この草刈りというのは、なんとか別の方法に置き換えることは出来ないものかと。

作業が大変だからという意味だけではありません。

農村において、自然と人との共生の中で、この草たちと、もうちょっと別の付き合い方は無いものだろうかと思うんです。

草刈り機のエンジンをブンブン吹かしながら、やっかいな草もかわいい花や野草も一緒くたにぶった切っていると、なんかコレ違うんじゃないかなあ…って気がしてくるのです。

ほんとは、手作業で、「あ、これはかわいいから残そう。これは不都合だから引き抜こう。」とかって、按配を自分で調節できればいいのですが。

そうすれば景観ももっと素敵なものになるだろうし、有益な植物ももっと残し利用できると思うんです。

けど、現状はそんなこととてもしてられません。草刈り機でザッと刈ってかないと、”場の維持”はおっつきません。

そもそも、農村は、元々山だったところを、かなりの広い面積を切り開き、米や作物をたくさん作ってきた場所です。

だから、一度切り開いた”場”を、維持するために、この草刈りというのは必要になってきます。

昔は、どうだったんでしょうか。

もちろん草刈り機なんてありません。

今よりも面積に対しての人口密度が、高かったでしょうから、手作業でやっても一人あたりの作業量が少ないので、なんとかなったのでしょうか。

それとも今よりももっと、少ない作業量でも場の維持ができるくらいの、環境だったのでしょうか。

僕は両方じゃないかなと思います。

今はいかんせん、面積に対しての人口密度、そして、その場の手入れにかける人員が、少な過ぎる。

だからヒーヒー言いながら、草刈り機を使い、情緒もへったくれもなくとにかく刈り倒す。じゃないと”維持”できない。それでも出来てない。

そして、現代に近づき、その傾向が強くなるにつれて、植物のほうも、変化してきてるように思います。

草は、強く刈れば刈るほど、反発して強く伸びてきます。そしてそれは強い植物ほどそうで、逆に弱い植物は、その強い植物の強反発に飲まれて、淘汰されてしまう。

だから、強くしぶとい草だけが残る。やればやるほど、大変になってくる。

それが繰り返されることで、年に何度も何度も刈り続けなければ、とても景観や場を維持できないような、状況・生態系になってしまったのではないだろうかと思うんです。

えてして、他の植物を淘汰してしまうほどの強い植物というのは、外来の植物が多いんじゃないかと思います。飲まれ淘汰されていくのは、日本古来の野草。

昔は、もっと刈らなきゃいけない草も少なくて、身近な場所に野草も咲き誇る、いい状況だったんだじゃないかなと思うのです。

それが年々の悪循環で、今こういう状況になっているんじゃないかと。

そして、この状況の解決方法として、僕は2つの方向があると思います。

ひとつは、面積に対して、人が増えること。

もっと農村にたくさんの人が住み、ひとりひとりが作物をつくり、身の回りの手入れをしていけば、一人当たりの範囲はずっと減る。丁寧に手入れ・管理することができるようになる。

これが一番いいと思います。

もうひとつは、解決方法というか仮説ですが、そもそも”維持”する必要はあるのかということ。

これまで、農村の役割として、都市部のひとたちのぶんの食料もつくる、というのもあったと思います。

そのため、農村では自分たちが食べる分以上の作物を、つくります。だから、自分たちが食べる分以上の農地がいります。

それが、労力=見入りのバランスが成り立ってるうちはいいのですが、現代は食の多様化というか輸入化で、労力に見合う見入りが無くなってきました。

そのため、農家は厳しい、農家は食ってけない、ということで、農家離れが起きます。けど一度切り開いた大量の農地は残る。

今、その農地を”維持”が大きな目的で、ヒーヒー言いながらやっている状況です。

「できることなら、作りたくない」

「誰かやってくれんかな」

という声も聞かれます。

そのひとたちも高齢化が進み、どんどん出来なくなってきてます。

若い人がそれをまた受け継げればいいのですが、残念ながら、そんな兆しは少ない状況です。。

なんかその状況が、腑に落ちないのです。。

そもそも、自分たちが食べていくだけだったら、そんなにもたくさん作らなくて良いはずです。

だから、いっそ、農地を減らしてはダメなのかな?

と思うのです。

使うとこだけ手入れする。

そうするとこれまで農地だったとこは、荒れるでしょう。

そこにイノシシやシカが入りこんできて、大変なことになる。

と、よく聞きます。

確かに、まずは藪になる。

でも、元々は豊かな森だったはずです。

時間が経てば、また豊かな森に戻らないのかな。

森に返すというか。

それか、こちらの手で樹を植えるとか。

いずれにせよ、苦しい思いをして必要以上のものを作っている状況が、なんだか腑に落ちないので、何か良い落とし所は無いのかな、と考えているわけです。

まだまだ良い案は思い浮かんできませんが…

でも、前述したように、農地を減らすことなく、この地に人がもっと住み、そこで自分たちが食べるものを自分たちで作るというのが、一番いいんですけどね。

そうなるよう、尽力できればなと思っています。

作業後はろくちゃんとお散歩。

源司さんにタケノコと椎茸をいただく。

本当にいつも、ありがとうございます。

18時なっちゃん帰宅。

夜ごはんは、なっちゃんがシチュー作りのお手伝い。

美味しいシチューを、母娘ふたりで作ってくれました。

ろくちゃんとお風呂に入り、なっちゃんとタオル屋さんごっこして遊び、

22時みんな就寝。

今日もよい、一日でした。。