ブログ「あしあと」

子守りと梨木香歩さんの本

7時起床。

朝起きると、なっちゃんはお熱が下がっておりました。よかった!!!

朝ごはんは、嫁さんが作ってくれた芋粥や、おもち、はちみつトースト、チーズトーストなどおのおの食べる。

なっちゃんは今日も保育園お休み。

朝の掃除洗濯を終え、2人の子供を嫁さんに任せ、ガレキ拾いの作業開始。

が、ほどなくして、やっぱりなっちゃんしんどいのか、すこぶる機嫌が悪し。便乗して緑太くんもすこぶる機嫌が悪し。

嫁さんだけでは手に負えず、僕も子守り参加へ。

なっちゃんを嫁さんが寝かしつけ、緑太くんを僕が寝かしつける。

昼は納豆たまごごはん。

そこから後は、二人ともよく寝ていた。

嫁さんはごはん支度をしたり、夕方近くからは、疲れもあって、なっちゃんの隣で一緒に寝る。

緑太くんは、置くと泣くので、僕が抱っこしたまま寝かせる。

結局みんな、18時半ごろまで寝ていた。

その間、なんだか静かな時間の中、久しぶりにしっぽりと読書をした。

先日、ふと無性に小説が読みたい欲求が湧き上がって、図書館で借りてきていた、梨木香歩さんの本。

梨木香歩さんの、植物や自然に対する目の向けかた、もっと先の目に見えない存在への目の向けかた(魑魅魍魎なども含めて)、そういう描写や作風が好きで、これまで何作か読んできました。

今回読んでいるのはこれ。

「沼地のある森を抜けて」

数日前から夜にちょっとずつ読んでいたけど、今日はガッツリ読めました。

没頭して、作品に深く入り込めました。それだけに足る内容。

主人公の家に代々伝承されてきた「ぬか床」。

そのぬか床から、どうも人間らしきものが産まれてくる…。

そのぬか床は、遠い島から持ってこられたもので、その島には、「沼」があり、その沼から出現する種族があるという言い伝えがある…。

その謎をたどっていく、道筋。それは同時に主人公の家系の謎をたどる旅でもあった。。

人間から、もっと原始的な「菌」に至るまで、生物の誕生や生き方に関する壮大なことがテーマなのですが、生物の進化の過程で、もしかしたら全く別の生殖方法があったんじゃないかという、とても突飛な設定。

その視点や想像力が、単純にすごいなあと思いましたし、読んでいてとても面白かったです。サイドストーリーのような形で、時間軸も世界観も全く別の視点からの物語が挟まるのですが、それが後半で何を意味するのかが分かる。そういう構成も、うまいなあと感嘆しました。

で、全体のストーリーからみたらほんのささいな一角なのですが、自分が今ずっと考えているようなこととリンクする、一節がありました。

そういうことって、ありますよね?

文章でも音楽でも映画でも芸樹でもなんでも、その人が常々考えていることがあるからこそ、引っかかるものがある。

その人のアンテナに引っかかるというのでしょうか。

梨木香歩さんの作品は、僕にとってアンテナに引っかかるものがとても多い作品でもあるんです。だからよく読んでしまう。

その一節です。

” 沼は、わたしどもにとっては、母であり、また命そのものでした。私どもは、いってみれば、沼からから生まれ、沼へ帰るのです。

 この言葉がどの程度象徴的なものなのか、また現実に具体的なものなのか、私は推し量ろうとしたが、無駄だった。徳蔵さんは巧妙に、その辺りの言葉を取られないように言葉を重ねた。

 それがこんな有様になってしまう。目先の利益のために数千年、いやそれ以上続いた森が伐採され、沼までが涸れてゆく。問題は単に伐採を止めればいいということではなく、人の心の変化と、その欲望を可能にしてゆく世の中の変わりようです。開化と呼ぼうが、進歩と呼ぼうが、この流れは止めようがありますまい。

 喜三郎が、けれども、と声を上げた。

 少なくとも進歩は悪いことではありますまい。子供達は新しい教育が受けられ、広い視野を与えられ、新しい未来を開拓してゆく。大人だって、電力のおかげで労働の苦しさが軽減され、雇用も増え、生活も安定し、より充実した人生を歩む選択肢が増えてゆく。

 徳蔵さんは、ちらりと喜三郎に視線を移した。

 だから、この流れは止めようがない、といっているわけです。誰もがこれこそ進むべき道、と思っているのだから。 ”

引用終わり。

今の世の中を考えるとき、僕も似たようなことを思います。

間違いなく、今の世の中は、歪みが起きていて、それは、人類が少しでも豊かに生きようと求め行動してきた”結果のひとつ”、であるように思う。

でもそれは、よかれ、と思ってやってきたことの結果で、ここまでの道筋は、誰かを責めるべきものでもなく、遅かれ早かれ、いつかはこの道を辿っていたように思います。

で、大事なのはここからですよね。

これまで ”豊かさ” を求めて、”進化=成長” してきた人間が、歴史上はじめて迎える、成長の ”中身” を問う時期。

今まで豊かさを求めて成長しようとしてきたけど、なんかちょっとどこか、違っちゃったかな?このままだとなんか良くなさそうだから、ちょっと方向転換しなくちゃな。

と、素直に世の中が認めちゃったらいいのにな。と思います。

そう認めることは、よかれと思ってやってきた結果なんだから、何も恥ずべきことじゃないと思います。

でも今の世の中は、この延長線上をいくと、良くないよって気付いているのに、あたかもそれを見ないように、認めるのを拒むかのように、未だに延長線上を成長成長と言ってるように見えます。

ただ、危機には気付いていて、それに対する策は、当然のように議論し実行しようとしてる。

でも、いくら対策を練ろうが、解決へのシステムを考えようが、梨木香歩さんの言うように、人の心が変わらなければ、この流れは止められない。

僕もそう、思います。

僕にできることは、自分の心を他との繋がりに合わせ、それに沿った行動をしていくだけ、です。

長くなりましたが、この日は夕食に、イワシハンバーグ、味噌汁、ほうれんそう、とまと、レバー、納豆ごはん、うめぼしを食べ、なっちゃんとろくちゃんと一緒にお風呂に入り、9時半にみんな就寝。

このまま子どもたちの調子が良くなってくれればと思います。